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2007年05月18日

今月のちよっといい話「子犬と男の子」

 あるペットショップの店頭に、「子犬セール中」の札がかけられました。子犬と聞くと、子供はたいそう心をそそられるものです。しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。「おじさん、子犬って、いくらするの?」「そうだな、30ドルから50ドルってところだね」男の子は、ポケットから小銭をとり出して言いました。「ぼく、2ドルと37セントしかないんだ。でも見せてくれる?」店の主人は思わずほほ笑むと、奥に向かってピーッと口笛を吹きました。すると、毛がフ力フカで丸々と太った子犬が五匹、店員の後をころがるように出てきたのです。ところが一匹だけ、足を引きずりながら、一生懸命ついてくる子犬がいるではありませんか。「おじさん、あの子犬はどうしたの?」と男の子は聞きました。「生まれつき足が悪くて、獣医さんに一生治らないって言われたんだよ」と店の主人は答えました。
 ところがそれを聞いた男の子の顔が輝き始めたのです。「ぼく、この子犬がいい。この子犬をちようだい!」「坊や、よしたほうがいいよ。そりやあ、どうしてもこの犬がほしいって言うなら、ただであげるよ。どうせ売れるわけないから」と店の主人が言うと、男の子は怒ったようににらみつけました。「ただでなんかいらないよ。ほかの犬と同じ値段で買うよ。今ニドル三七セント払って、残りは毎月五〇セントずつ払うから」その言葉をさえぎるように店の主人は言いました。「だって、この子犬は走ったりジャンプしたりできないから、坊やと一緒に遊べないんだよ」
 これを聞くと、男の子は黙ってズボンのすそをまくり上げました。ねじれたように曲がった左足には、大きな金属製のギブスがはめられていました。男の子は、主人を見上げて優しい声で言いました。「きっとこの子犬は、自分の気持ちがわかってくれる友だちがほしいと思うんだ」
ダン・クラーク「季節の嵐」より

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2007年05月16日

もうひとつの風林火山 武田家と日の丸の関係

 日の丸の歴史をさかのぼると、壇ノ浦の合戦に行き着きます。
この時、源氏の旗は白地に赤い丸、平家の旗は赤地に白い丸。もし平家が勝っていれば、国旗は赤地に白い丸になっていたかもしれません。織田軍と徳川軍が戦った長篠の合戦では、信長も家康も自分の旗のほかに日の丸を掲げて、戦に臨みました。つまり日本を支配するのは自分だぞというアピールだったのです。代々、武田家では当主が「御旗・楯無もご照覧あれ」と言うと反対意見があっても、この前で誓った事は全員死をもっても守らなければならない、という唯一無二のルールが存在しました。この「御旗」は日の丸のことを指し、武田家の家宝として大切に扱われたのです。

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2007年05月15日

五月 皐月

 端午の節句の由来をご存知ですか?昔の日本には五つの節句があり、貴族の間では、季節の節目の身の汚れを祓う大切な行事とされていました。一月七日の「人日(じんじつ)」が七草がゆ、三月三日の「上巳(じょうし)」が桃の節句、五月五日の「端午」が端午の節句、七月七日の「七夕」が七夕祭り、九月九日の「重陽(ちょうよう)」が「菊の節句」になりました。鯉のぼりは、「鯉が竜門の滝を登ると竜となって天をかける」という中国の故事に由来しています。もともと鯉は、清流だけでなく、池でも沼でも生きられる生命力の強い魚です。この中国の伝説から、鯉のぼりは環境の良し悪しにかかわらず、立派に成長し、立身出世するように願って飾られるようになったとも言われています。子供の健やかな成長を願う親の気持ちは、今も昔も同じですね。

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